この記事のポイント
- 一方通行の講義ではなく役割を入れ替えるロールプレイング研修
- 被害状況に加えて収支の制約を課した危機管理項目の設計
- 全班共通のまとめ方による討議結果の比較可能性
- 研修成果物をBCP規程づくりに活かすAI活用の仕組み
要点サマリ
2026年5月15日、管理職向けに危機管理体験型の研修を実施しました。目的は「災害時における迅速かつ適切な意思決定と対応を実行する能力の養成」です。
BCPは文書として整備していても、有事に使えるかどうかは別問題です。そこで採ったのがロールプレイング研修という手法でした。
受講者が経営陣を演じ、実際の経営陣はファシリテーターや講評役に回るという役割の逆転で設計しています。被害状況だけでなく繁忙期の業務量や収支という制約条件を課すことで優先順位づけを迫り、討議のまとめ方は全班共通にして成果物として扱いやすくしました。
その成果物は、後日のBCP規程条文化でAIを活用して整理しました。
用語解説
- BCP(事業継続計画):地震・システム障害・感染症等の緊急事態が起きても、重要業務を止めない、または早期に復旧させるための計画。
- ロールプレイング研修(役割体験型研修):受講者が実際とは異なる役割を演じ、その立場で判断を下す形式の研修。知識の伝達ではなく判断の訓練を目的とする。
- ファシリテーター:議論の進行を助ける役。結論そのものには踏み込まず、時間管理や論点整理を担当する。
危機管理体験型研修の進め方
研修は次の3ステップで構成しています。
1. 役割の設定
有事に管理職が限られた情報の中で素早く判断できるかどうかは、当社の事業継続に直結します。そこで研修の目的は、状況認識能力・判断力・指導力・対応能力という4つの能力の養成に置きました。
これらは講義では身に付かず、実際に判断させて初めて養成できます。そこでロールプレイング形式を採り、最大の特徴として役割を逆転させました。
- 受講者(管理職12名):取締役・営業部長・技術部長・管理部長という経営陣を演じる
- 実際の常務・部長:ファシリテーターとして各班に入り、方針決定には介入しない
- 社長・専務:講評を担当
平常時の職位のままだと上位者の判断を待つ動きが出てしまい、判断そのものの訓練になりません。上位者が同じ部屋にいながら口を出さないという制約が、受講者が自分で決めざるを得ない状況を作りました。
2. 危機管理の条件設定
シナリオには被害状況に加え、事業側の制約条件を全班共通の背景情報として与えました。
- 発生日を繁忙期の夜間に設定
- 当月分の請求処理の多くが未処理で、期日までに完了させる必要がある
- 当月・翌月の売上予定と利益予測の水準を提示し、一定額を超える支出が出れば赤字になるという条件を付加
被害情報だけを渡すと「安全確保と復旧を最優先する」という誰も反対できない結論で議論が終わってしまいます。費用と納期の上限を見えるようにすることで、何を優先し何を諦めるかという選択が発生します。
危機対応の訓練で難しいのは正しい対応を挙げることではなく、複数の正しい対応に優先順位を付けることだと考えます。
時間軸も全班共通の制約として設定しました。
- 夜間: 危機が発生し、緊急報告が届く
- 翌朝7:00: 緊急会議を開き、方針を決定する
- 9:00: 部下へ指示を出す
危機管理項目ごとの具体的な条件設定は次節で説明します。
3. 討議の進め方
方針説明のフェーズでは、発表していない班の受講者がチーフマネジャー役として質疑に回ります。自分の立場から質問するため、実務的な質問が数多く出ました。
- その作業はどの部署が担当するのか
- 確定していない情報を顧客に伝えて混乱させないか
- 納期調整と言うが、間に合うかどうかを先に技術側で確認すべきではないか
この場は9:00に部下へ指示を出す設定であるため経営陣役は質問を持ち帰れず、その場で判断して答えるほかありません。有事の意思決定を訓練するという目的に対して、この持ち帰れないという状況が非常に有効でした。
なお質疑応答自体の記録は取れておらず、記録係を定めておくことが今後の改善事項となりました。
危機管理項目とその条件設定
3班にはそれぞれ別の危機管理項目を割り当てました。前節のタイムテーブルはいずれの項目にも共通で適用しています。
| 班 | 危機管理項目 | 被害の表現単位 |
|---|---|---|
| A班 | 直下型地震による本社被災 | 設備・PC・交通機関の稼働可否 |
| B班 | サーバー室発火によるデータ消失 | データの欠損期間と業務範囲 |
| C班 | 新型インフルエンザの大規模感染 | 人員の稼働率 |
被害の表現単位を項目ごとに変えたのは、影響範囲を理解しやすくするためです。同じ「業務が止まる」でも止まり方が違えば取るべき初動が変わることを、班をまたいだ発表を通じて全員に見せる狙いもありました。
研修討議のまとめ方
討議結果は次の2軸でまとめる書式に固定しました。
| 社内 | 社外 | |
|---|---|---|
| すぐに伝達 | 部門別の一次対応 | 顧客・取引先・行政等 |
| 後日に伝達 | 部門別の二次対応 | 納期の再調整・状況の続報 |
最上位の軸を「いつ伝達するか」としたのは、危機発生時にまず問われるのが今すぐ誰に連絡すべきかであり、伝達先の分類より緊急度の分類を先に立てたほうが初動で迷わないためです。
社内はさらに部門別に細分化する一方、社外は細分化していません。社内の初動は部門ごとに手順が異なるのに対し、社外への伝達は部門横断で扱われるためです。
班ごとに自由な様式でまとめさせると当日の議論は成立しても、後日それを1つの規程へまとめる段階で対応関係を取り直す作業が発生します。まとめ方を共通にすることで、3班分の検討結果を並列で確認でき、後述するBCP規程条文化への転用もしやすくなりました。
成果物を規程条文へ渡す仕組み
研修から3日後、BCP規程を作成するための指示書をまとめました。
既存文書・外部調査結果と並べて3班の討議まとめを参照先として明記し、討議内容は重要視するので随所に盛り込むことを条件としました。成果物を「参考資料として保管する」のではなく「次の成果物の入力として指定する」ところまでを、研修の一部として設計しました。
AIに規程条文の草稿を作らせる際に渡した条件・資料は次の3種類です。
- 討議のまとめ(議事メモのMarkdown原文。加工前の生データをそのまま渡すことで、要約段階での欠落を防ぎました)
- 既存のBCP関連規程・社内文書(条文の書式・粒度を揃えるための土台)
- 外部の同業他社事例や監督省庁のガイドライン等の調査結果(自社の討議内容だけでは網羅できない項目の補完)
これらを「参照資料」ではなく「この条文の根拠として使うこと」と明示して渡した点が、単なる要約作業とAIによる規程条文化との違いです。
AI出力を使う際に注意した点は次のとおりです。
- 討議で出た具体的な数値(被害想定・復旧時間等)を、AIが文脈から一般化・丸め込みしていないか個別に照合する
- 規程として発効させる文書のため、AIが生成した表現の法的な整合性・拘束力の強さは最終的に人が確認する
- 討議に出ていない対応策をAIが「一般的なBCP対応」として補ってくることがあるため、出典が討議内容にあるか外部知見の補完かを区別して残す
これらの資料を渡してAIが最初に出した草稿は、そのままでは規程として使える状態ではありませんでした。上記の観点で照合と修正を繰り返し、相当数のブラッシュアップを経てようやく発効可能な条文にたどり着いています。
AIが担ったのは条文化の起点であり、規程として仕上げたのは人手によるレビューの積み重ねです。

FAQ
Q:AIが規程条文を書けるなら、そもそも人間による討議は不要なのではありませんか?
A:AIの草稿はそのままでは使えず、人手で相当数のブラッシュアップを重ねてようやく発効できる条文になりました。何を重視するか・どこまでの支出を許すか・どの部署が対応するかという優先順位は討議で人間が決めており、AIはそれを条文の形に整える最初の一歩に過ぎません。
Q:講評で「正解を一つに絞らない」のは、結局何が正しかったのか教えていないのと同じではありませんか?
A:唯一の正解を経営陣が先に持っているという前提はありません。今回の講評でも経営陣自身が討議から気づきを得ており、研修は答えを授ける場ではなく管理職と経営陣が一緒に答えを作る場です。
Q:3班に別々の危機管理項目を割り当てたのは、討議の網羅性を確保するためですか?
A:同じ項目を3班で討議させると意見の幅が狭くなるため、あえて項目を分けて多様なケースを考えさせました。班をまたいだ比較ができたのは副次的な効果で、網羅性は既存規程の統合整理と外部調査で別途確保しています。
まとめ
研修を単発の行事で終わらせないためには、当日の内容より前に、成果物を次の何に使うかを決めておく必要があると考えます。当社は討議のまとめ方を全班共通に固定し、3日後の規程作成指示書でその討議まとめを参照先・AIの根拠資料として明記することで、研修と規程整備を一続きの工程にしました。
危機管理以外の社内研修にも当てはめられる型は、次の2点です。
- まとめ方の統一:後工程で複数班の成果物を横並びに扱えるようにする。
- 成果物の使い先の事前指定:「保管する」ではなく「次の成果物の入力にする」と決めておく。AIに渡す場合は、参照資料か根拠資料かを明示する。
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